@article{oai:kansaigaidai.repo.nii.ac.jp:00006021, author = {平田, 一郎 and Hirata, Ichiro}, journal = {研究論集, Journal of Inquiry and Research}, month = {Mar}, note = {論文, ARTICLE, ホワイトヘッドのコスモロジーにおける究極的実在、世界がそれから構成されている生起としての現実的存在は、全てが経験の主体として「生きている」。この汎主体主義について、人間経験や動物の経験まではともかく、無機的な生起まで「生きている」ということは理解しがたい。他方この現実的存在は主体的志向という目的因によって生成する生起であると規定されている。そこで本稿では、人間経験において意図という目的因によって生じる行為との比較によって世界での現実的存在のあり方がどのようなものであるのかを解明しようとする。その場合現代の行為論における「アコーディオン効果」やゴールドマンの「レベル生成」といったことがポイントとなると共に、無機的生起についてはホワイトヘッドの「物的目的」という考え方が重要な意味を持ってくる。}, pages = {1--21}, title = {ホワイトヘッドのコスモロジーにおける「行為」の偏在性について}, volume = {103}, year = {2016}, yomi = {ヒラタ, イチロウ} }